プロフィール

はじめまして!しょうこです。
ブログにご訪問頂きありがとうございます!

2017年現在、30代後半です。
このブログでは、2度の結婚をして知った、男性と女性の違いや、恋愛観、結婚観。
女性が幸せに生きるための考え方。
ストレスフリーに笑って生きるための成功法則などをどんどん発信していきます。

私は娘2人を連れて離婚しました。
まだ2人とも保育園に通っていました。

シングルマザーになり、育児と仕事に明け暮れていましたが、
今の夫と出逢い、再婚しました。

新たな命にも恵まれ、3人きょうだいになり、
2人の娘は大喜び!!!!
小さな弟を取り合っては毎日仲良く(?)ケンカしています。

消極的すぎる恋愛ベタ時代

私は、末っ子で、親しくない人には極度の人見知りでした。

親戚で集まっても、
親の後ろに隠れて一言も発することなく
1日をやり過ごすレベル。

すぐに顔が赤くなって耳までアツクなるから
それがバレるのがいやで、もう話しかけてこないで!

というヤバさ。

好きな人に話しかけるなんて、至難の業!!!

恥ずかしいし、ムリムリムリ!!!!!

目があっても秒速でそらす!!

見てなかったフリ。

話しかけられても無視したいほどの

シャイっぷりでした。

好きな人に「好き」、といえたのは、高校生になってからでした。

人生で最初で最後の告白

こう書くと、ヤな女だな~~~~、と思われてもしゃーないんですが、

シャイだった私は、
人生初告白の相手への失恋で
自信喪失し、訳のわからんプライドをズタボロにし、
怒りと悲しさに打ちひしがれました。


その時に悟ってしまいました。

自分らしい恋愛スタイル。

それは、

男性を追いかけないこと。

追いかけてもらう恋をしよう。

と。

それ以降、好きになった人に告白させる、という術を身につけました。

人は、痛い思いをすると体の奥底からパワーがブワーっと出てくるんですよ。

タダでは起き上がらんぞ~~~

みたいな。笑

私にとっては、その小さな失恋体験がキッカケとなり、

恋愛思考を学ぶ、学びまくる、という行動を起こしました。

恋愛指南書も読み漁り、心理学書も読み漁り、

とにかく学びまくりました。

その結果、好きじゃない人からも好かれるようになりました。
(なんでやねん)

学んだことを活かしたいだけなのに、
上手く使いこなせていないばっかりに、
面倒で怖い思いもしました。

1度目の結婚から離婚を決意するまで

1度目の結婚は25歳の時。

恋愛結婚でした。
すごくすごく大好きで、

「結婚しよう」と言われた時は嬉しくて舞い上がりました。

結婚式の準備しながら、

なんて幸せな時間なんだろう♡

って毎日ニヤニヤしてました。

ぶっとくて重たいゼクシィを買って、
「わたし、結婚控えてますねん♪」
っつってドヤ顔&ニヤケた顔してました。

(※ゼクシィ←リクルートが発行している結婚情報誌。)

あれ、自分に関係ないページが盛りだくさんなんですけど、毎回迷わず買ってましたよ。苦笑

自分で言うのもアレですが、彼も私にメロメロデレデレで、普通にバカップルでした。
そして、幸せな日々が始まり、ずーっとずーーっと続くんだと思ってました。

確かに、
長女が生まれ、次女が生まれ、
世間から見れば十分に幸せな家族だったと思います。

ただ、私の心の中の夫に対する溝は深まるばかり。

夫にたった1つの不満があったんです。

それは、お酒です。
お酒に呑まれてしまうんです。

泥酔。記憶なし。吐く。気が大きくなる。

付き合っていたころから、若干その傾向はありましたが、
結婚後、どんどんひどくなりました。

  • 長女を妊娠中、臨月の私の横で泥酔しました。もちろん嘔吐。
  • 長女を出産後、呑んで帰宅し、ベビーベッドに吐きました。
    そのまま本人は翌日までグッスリ・・。
  • 次女が生まれてすぐ、お酒が原因で退職。
    乳児がいて、働けない私と、無職の夫。収入ゼロ生活でした。

夫本人よりも、夫の両親が焦っていましたね。

  • 怪我をして帰ってきた日もありました。膝パックリ。
    本人は酔っているので痛みが無かったけど、翌日5針縫いました。
  • 逆に、自分の居場所が分からず、帰宅困難になって電話をかけてきて、
    携帯が切れてしまって私は一晩中眠れなかった日もありました。
    後から聞くと、道の脇の茂みに倒れこんで寝ていたと・・。

このほかにも数々の出来事が。。

本人には、

お酒に飲まれることをなくすよう、
何度も伝えていました。

その時は真面目に反省した素振りをするんですよね。
結局真剣に聞いていないし、事の大きさも理解していなかったんですよ。
私がどれほど嫌がっているかも理解してなかった。

だから、直らない。やめられない。
やめるために本気になれない。

何度も私の意見を冷静に伝え、その度に夫が謝り、、、
という事が繰り返されていました。

日に日に心が冷えていく私は、子供のためにも

「私さえ我慢すればいいんだ」

と思い続け、周囲にも不満や愚痴を言うことなく過ごしていました。

でも、自分の人生を、子供たちの人生をよくよく考えた時に、

「これじゃだめだ!!」

と、ハッキリしました。

私が我慢しているだけでは済まなくなるかもしれない。

夫は、酔うと気が大きくなり、言葉も行動も荒々しくなります。
店員さんに絡んだこともあります。

私にも強い口調で迫ってくることがありました。
私は泥酔している人間を相手に何かを言ってもムダなので、
刺激しないで寝るようにしていたんですが、
もし、「また酔ってるやん!!どういうこと!!!!」とケンカを売っていたら、
口喧嘩からDVに発展していたかもしれません。そうなったら、一発アウトです。

怪我をして帰宅した時、本人の記憶はなかったので、
誰かを怪我させて帰ってきたのかもしれないわけです。

相手が重傷を負っていたら、傷害事件です!

夫は犯罪者になるかもしれない。
じゃあ、娘は”犯罪者の子供”になるわけです。
道で寝てしまって、財布も個人情報も盗まれ、
無一文になり、さらには子供達にも危険が及ぶかもしれない。

考えれば考えるほど、夫の無責任さに辟易しました。

【夫は酒乱だ】

【こんな人に頼って生きていくのは嫌。】

という強い思いがこみ上げてきました。

娘と自分の人生は、自分で守る!
無責任に、自分勝手に生きている夫に依存して生きていくことはできない。

と、決意が固まりました。

そして、明らかに泥酔して帰宅した翌日。
ひたすら謝ってくる夫に、私の決意を伝えました。
「あなたは酒乱です。それは、あなたの努力でしか治せない。
これからも同じことをくりかえすなら、私たちと一緒に生きていくことは諦めてください」

「わかった。絶対にしない。家族を失いたくない。」

と言いました。

私の決意の後も夫を泳がせる日々

私が離婚も視野に入れていると知った夫は、ずいぶんお酒を我慢していました。

その後は大きな失敗をすることは無くなり、
転職先も決まり、家庭の中は落ち着いてきたものの、
ちょこちょことお酒に飲まれることは続いていました。

もう完全に泳がせていました。
気付いていないフリをしてあげていました。

家族単位で、大きなイベント&絆を深める&明るい未来
を意識して、新築マンションを購入し、引越しもしました。

心の片隅では、夫の過去の失敗を忘れて4人で仲良くやっていきたいと思っていました。

でも、まだ夫がお酒に飲まれることは定期的にありました。

つまりは、もう価値観が違うんですよ。
私が夫に小言をうのは、お酒の事だけでした。
その他の事は何も言わない。
たった一つ。「お酒に飲まれるのをやめて」

これだけ。

この、たった一つでさえも守れないわけです。
ただ一つの願いでさえも叶えてくれない夫。
もう、信頼関係も何も、あったもんじゃないわけです。



アホくさ。。

こんな男に私の人生捧げて生きていけるかーーー!!

ってなりました。

そして、ゆっくりと数年単位で、私の中だけでカウントダウンは始まっていました。

夫への嫌悪感が、もう隠しきれないほどに大きくなっていて、
目を合わせるのも、隣に座るのも、苦痛で仕方なくなっていました。

こんな自分にも、まだ少しの罪悪感がありました。

この家庭の中でストレスためててもいけないし、
今後の為に、保育園を決めて仕事を始めました。

気持ちを押し殺し、感情を隠したまま生活し続けることが、
子供たちの為になってるのか?!?!

と思いながら、

子供達がいる前でだけ仲良さそうな振りする・・・。

「嘘をついてはいけません」
と言っている親が、子供に毎日嘘をつきながら、
その嘘を隠しながら生きている背中を見せ続けるって・・
良いわけない!!と思いました。
こんな母を見て育つ娘が大きくなって、
まともな恋愛ができるのか!?!?
とも考えました。

娘たちが素敵な恋愛して、いつか望んだら、可愛い子供を産み、
幸せに生きていく・・

そんな未来さえ思い描けなくなるかもしれない、と。

やはり、両親の不仲が子供に与える影響は多大だと思うんです。

私の両親もケンカが多く、子供時代はとても嫌な思いをしました。
しまくりました。

父が母に依存している状態なので、離婚はしていないのですが、
ケンカしている両親を見るのは苦しいものです。

今も両親はよくケンカしています。
70代にもなって、くっだらない内容のケンカです。笑
ケンカするほど仲がいい、という事にしておきます。

おっと、話がそれました。

結局、娘たちの環境や自分の気持ちを整理し、

そもそも、私の人生、こんなんで良いのか!?!?

と思うようになり、離婚を決意しました。

離婚を決意してから自分を取り戻せた

離婚を決意してからは、頭がスッキリしてすごく気持ちが楽になりました。
まだなんとか仲良し夫婦だと信じていた夫は驚愕&愕然としてましたけど。。

(ていうか、どこまで楽観的やねん!と‥)

夫は、まさか私が離婚を本気で望むなんて思いもしなかった様で、
驚きと悲しみと絶望で呆然としていました。

女ってそんなもんです。
そして、男もそんなもんです。

世の夫たちよ、お気をつけくだされー。

そんなわたしの結婚生活は6年続き、ジ・エンド。
はい、終了ーーーーーー‼︎
お疲れッシタ‼︎ってね。

いや〜、周りがビックリしましたよ。

表面的にはずっと仲良しでしたし。
離婚理由は、
よくある「性格の不一致」
まー、当たり障りない理由。

こう言うのが楽なんですよ。
でも、この便利な言葉の裏にはたくさんの根本的な原因が隠されているんですよね。

「酒乱だから」じゃないんです。
お酒によって、信頼関係を維持できなくなった、
ということなんです。

1つの物事に対しての価値観があまりにも違ったから。

家族として共に支え合って生きていく、
という価値観の大きな相違。

そういったものを総合して
「性格の不一致」。

まー、諸々ありましたけども、話し合いを重ね、納得してもらって協議離婚しました。
あの時は、もっと早く決断してれば良かった、と思うこともありましたが、
今思うと、葛藤して悩み苦しんだ時間があったからこその『今』なんだな、
って感じています。

元々私は、
離婚=いけない事
みたいな思い込みがありました。

あんな思い込みは、なんの意味もなく、ただの固定概念でした。

【幸せになるために生きている】

私が本当に追いかけないといけないのは『幸せ』。
幸せに自分の人生を送れるかどうかが1番大事。

こんなシンプルな気持ちを見つけたから、私は離婚を決断できました。

私の母には、「そんなに悩んでたなんて全然気づかんかった。ごめんね。」
と言われました。

「全然気づかないようにしてたからやで。笑」

と感謝しました。

離婚後から婚活開始まで

まだ保育園に通っていた娘2人を連れて離婚し、
シングルマザーとしての人生再出発!!!

正直、私が望んで離婚をしたので、
結婚生活していたころに感じていたストレスがなくなり、
仕事も育児もイキイキと頑張っていました。

離婚後、実家に帰るか、、とも考えましたが、

・職場と家が近い

・人間関係に恵まれている

・子供の行事や用事で快く休ませてくれる融通のきく職場

という事で、実家に戻らず、
いま住んでる場所でこれまで通りの生活を続けるという選択をしました。

それに、実家から職場までの通勤を考えると片道1時間以上かかるので、
今の仕事を続けようと思うと、保育園の送り迎えも何から何まで、
実家のお世話になってしまう事の不安も大きかったです。

子供たちの育児を私がちゃんとしたかった。

親の勝手で離婚した私たちの責任。

こどもたちは関係ないのに、寂しい思いばかりさせるなんてあかん!

おじいちゃん、おばあちゃんに子供達を任せっ放しにしたくない!

そんな想いが強くありました。

女3人での生活が始まり、忙しくもありましたが充実してました^^

母強し!!!間違いないですよ!

どっからこんなパワー出てくるんだ!?
ってね。

今思うと、気を張っていたのは間違いありませんが。。

疲れた顔は見せたくなかったし、娘たちとの時間を大切にしてましたね。
なにより、癒しの存在でした。

この子たちがいるから頑張れる!!!

母の無償の愛が炸裂しまくりです 

最優先は2人の娘。
男性は2の次!3の次!!

そんな私でしたが、
シングルマザーでいることの不安も多々ありました。

まー、言い出したらキリがないですけど。。
世間一般にシングルマザーの現実はかーなーり厳しいですから。

ある日、次女が

「お父さんがほしい」

と泣いたことがありました。

本人は「覚えてないよ~笑」と言いますが、
私には忘れられない姿です。

小さな体で悲しそうに泣く姿に、胸が締め付けられました。
申し訳なさと共に、新しい選択肢の可能性。。

そして、私の中にも、

(人生を好転させるような最愛のパートナー)

を求める気持ちが沸々とわいてきました。

たった一度の人生。
1度や2度や10度の失敗がなんなんだ!

と、スイッチが入りました。

婚活開始から再婚まで

再婚を強く希望していたわけではなかったけど、

気長~~に、いつか良い人に巡り合えたらいいな、と思い、
婚活を始めました。

「婚活」というよりも、

パートナーを求めていました。

お互いの存在が”癒し”となるような。
強く求めあったり、依存しあうんじゃなく、
寄り添い合える存在。

そんな関係を築けるような人がいたらいいな、と。

私が絶対条件としていたのは、

★お酒を飲まない人
★子供が居ない人

この2つを満たしている人でなければ、どれだけ素敵な人でも、
絶対に結婚する気はありませんでした。

お酒を飲まない男性って、少ないと思うので、
気長にゆっくり・・・

くらいのつもりだったんですが、それから、1年後には再婚してました。

今の夫は、一口もお酒を飲めないし、子供のいないバツイチさんです。

再婚してから

長女と次女、そして私が居心地良いように、と1番に優先して考えてくれる夫。
転校や転園も、子供たちの希望に合わせ、
住む場所(新居)も子供たちに聞いて選びました。

お互い2度目の結婚なので、
男性と女性の違いを少なからず理解してます。

だから、意見の食い違いでケンカになっても長引くこともなく、
相手の意見を尊重しあえています。

娘たちは再婚して半年ほど経ったころから

夫の事を「おとうさん」と呼び始めました。

息子が生まれてからも、最優先は2人の娘。

変わらずに居てくれる夫に感謝です。

再婚する前は、不安もあり、ためらう気持ちがあったけど、

結果オーライ!!

大丈夫!!ちゃんと幸せになれました。

最後に

人それぞれ、幸せの定義が違います。
人が何と言おうと、今幸せだと思えないのなら、それって不幸じゃないですか。

私も節目節目で、

安定を失いなくない、と思ったり、
現状を変えることに不安があったけど、

その安定した状態が不安だらけならもはや『不幸』です。
その状態を固定させるのはいけないですよね。

不幸な状態を固定して安定させている場合じゃない‼︎

いま不幸なら変化を求めないといけない。
じゃないと幸せにはなれない‼︎

って気付きました。

失敗を恐れていては何もできないし、
一歩踏み出さなければ失敗すらできないですから。

私は失敗したから変化することが出来ました。

だから、自分で人生変えました。
待ってても誰も変えてくれないですしね。

いまは、ハッキリと『幸せ』と言えます^ ^
私が求めていた、ごくささやかな幸せです。

誰かが見れば当たり前の、なんてことない普通の幸せです。
前の結婚生活も、人から見れば幸せそうに見えたかもしれないけど、そんなん関係ないない。

結局は自分の気持ちはどうなの?ってことですよね。

自分勝手でいいじゃないですか。
誰のものでもない、自分の人生です。

時間は有限です。
どれだけのお金を積んでも、時間は買えない。

死ぬときに、
『あー、楽しかった‼︎』
て言いたい。

だから、人生変えるために行動しました。

こんな私のブログを通じて、

現状に不安を感じている人が1人でも『幸せ♡』って言えるように変われたり、
いまの幸せに改めて気付くことができたらいいな、と思います。

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